森 達也(作家・映画監督)

 公正中立などありえない。なぜなら情報は視点なのだ。主観的で当たり前。ところが現在のマスメディアは、ありえない公正中立を偽装している。特に大メディアになればなるほど、この建て前は崩せないのだろうか。
  ……僕のその思いを、この作品はあっさりと覆した。全編にみなぎる人々の怒りと悲しみは、撮影クルーや取材する記者たちの怒りと悲しみの声でもある。すがすがしいほどに主観全開。それでいい。だってそれが本来のメディアなのだから。

遠藤ミチロウ(ミュージシャン)

日本は未だにアメリカの植民地じゃないか。それが沖縄の現実だ。その最も象徴的な理不尽さに闘いを挑んでいる東村高江の人々。米軍の軍事訓練の標的にされながら生活するその過酷な日常は殆ど報道されず、黙殺されている。この映画はそれを訴える。これは僕らの現実でもあり高江の人々の闘いは僕らの希望なのだ。

ヤン・ヨンヒ(映画監督)

人々は癒しを求め沖縄を訪ねる。
でも本当に癒されるべきは、沖縄自身なのだ。
私の頭をガツンと殴って下さった制作チームに感謝。
琉球朝日放送はメディアの希望だー!

キヨサク(MONGOL800)

矛盾の上に咲く花は
根っこの奥から抜きましょう
同じ過ち繰り返さぬように
根っこの奥から抜きましょう

金平茂紀(TVジャーナリスト)

『標的の村』は僕らに問いかけてくる。あなたたち=日本はなぜこんなことを私たち=沖縄に無理強いするのか、と。米軍ヘリパッドを押しつけられた高江地区。着工に反対する住民に対し、防衛施設局業者の顔から垂れ出ていた憎悪。オスプレイ配備が強行された普天間基地。住民たちが全ゲートを封鎖し、その住民を沖縄県警が強制排除に乗り出す。悔しさの底で「安里屋ユンタ」を歌う女性の顔を伝っていた透明な涙。標的に照準をあわせ引き金を引こうとしているあなたは誰? 

阿武野勝彦(東海テレビ放送 プロデューサー/ディレクター)

観る者の心に、いつ、どんな風に炸裂するか分からない時限爆弾のような問いを、三上監督は、埋め込もうとしているのかも知れない。

前泊博盛(沖縄国際大学教授)

まず、最初に伝えておかなければならない。この映画が伝えているのは、小さな島の小さな集落の少数の人たちが、得体のしれない濁流に飲み込まれ、生命と財産、人権を脅かされ続けている悲劇の話ではない。明らかに日本というこの国の「民主主義」の悲しい現実、実相である。

仲村颯悟

(1996年沖縄生まれ。小学生の頃から自主映画を制作し、
14歳で「やぎの冒険」の監督を務め長編デビュー。
その後も沖縄を舞台とした作品を撮り続けている)

誰のための政府なのか、
何のための法律なのか。
目を覆いたくなるようなこの島の真実と叫び。
悲しみも苦しみも必要ない。
犠牲の上の平和など信じない。
沖縄戦の教訓は、誰でも心の中にあるはずだ。
じゃあなぜ人々は争っているのだろうか。
あの日現場で見た涙を、テレビで見ることはなかった。
“報道されない事実”と“報道される嘘”
日本人として、沖縄人として、未来を語るまえに
向き合わなければならない沖縄の姿が詰まった映画でした。